在りし日




「だ、誰!?」
人の脅える顔を見るのは嫌いではない。むしろ好きな方だったけれど、流石に自分の脅える顔を見るのは、なんというか、あんまり気持ちのいいものではないな、と思った。



遊星たちシグナーがゾーンを倒し、アーククレイドルが消滅した後。気づけば、僕は元の姿に戻っていた。なぜだかはわからない。アポリアとしての命は終えてしまったから、僕も消えてしまうはず、なんだけれど。
創造主であるゾーンが消えてしまった今、僕にできることは何もないし、しようとも思わない。シグナーに希望を託し未来を任せたのは、アポリアであって、決して僕ではないのだけれど、どこかで僕も彼らを信じていたのかもしれない。
だからだろうか、僕は、僕の生きているであろう未来を見てみたくなった。幸いにもイリアステルとして歴史を改ざんしていたころの力は残っていたから、期待と、ほんの少しの不安を持って、僕は、僕の居る未来へと向かった。



「だ、誰!?」
目の前に突然現れた人影に、僕は思わず叫んだ。今までに出したことのないぐらい大きな声が出てしまった。しかも、ちょっぴり震えた声で。
その人影はそんな僕をチラリと見て、何か呟いたようだった。背丈は僕と同じくらい。白いフードを被っていて、顔はよく見えない。
「あ、あの」
恐る恐る謎の人影に声をかける。ここは僕の部屋で、ついさっきまで僕以外の誰も居なかったはずなのだ。彼は、一体どこからやってきたのだろう?
「——君は」
……どこか、聞き覚えのある声がした。
かけようとした言葉を止めて、彼をじっと見つめる。
「君は、今、しあわせかい?」
フードの下からチラリとみえた口元は、やはりどこか既視感のあるもの。その声につられるように、僕は答えを返していた。
「……学校は、楽しいよ。デュエルにはなかなか勝てないけど、最近は父さんが特訓つけてくれてて。今度一緒にカード買いに行くんだ!」
「そう」
僕の話を聞いて、その人はちょっと笑ったようだった。その笑みもやはりどこかで見たことがあるような——
「よかった」
嬉しそうな、弾んだ声に、ハッとする。そうだ、この声は。
彼に再び言葉をかけようとした、その瞬間。
突然、目の前の空間が歪んだ。強い光が差し込み、眩しさに、思わず目を閉じる。
「元気でね」
投げかけられた僕そっくりのその声にこわごわ目を開けると、僕そっくりの顔をしたその人が、まっすぐこちらを見つめていた。
「プラシドみたいなひねくれたオトナになるなよ!」
呆然としている僕の目の前でその人はそう言って、にっこりと笑った。
そうしてその人は背を向ける。光に飲み込まれて、その背中が見えなくなっていく。
「待って!」
ようやく声が出た時には、もう誰の姿も見えなくなっていた。
まるで、今までの出来事なんて無かったかのように、部屋の中はしんと静まり返っている。
「……今のは、夢?」
ポツリと出た言葉に、答えを返すものは誰も居ない。
本当に夢だったのだろうか?常識的に考えてみれば、突然人が現れて、しかもそれが僕と同じ顔をした人だったなんて、あり得ないことだ。
でも。
「……プラシドって、誰だろう」
そんな人になるなって。確かにあの人はそう言っていた。
どこか楽しそうな、そんな声音で。
『元気でね』
その声は、言葉は、確かに耳に残っている。



『元気でね』
ルチアーノは彼への言葉を思い出す。
そんな言葉を言うことなんて、無いと思っていたのに。
己の中に宿っている、在りし日の絶望。目の前で大切な人を喪った少年の記憶。
少年と同じ顔かたちをした彼は、幸せそうに笑っていた。それは、あの絶望の未来ではあり得なかったことだ。
きっとあの子は、これから明るい未来を歩んでいくのだろう。
プラシドやホセと同じ歳になっても、きっと、あの幸せそうな笑顔のままで。
「ありがとう、僕たちの未来を救ってくれて」
薄れていく意識の中で、微笑みながら彼はそう呟いた。

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5D’s再放送の頃に途中まで書いて放置してたものをなんとか書き上げた
未来組が幸せになってたらいいなあ
20170810